「あ~、俺もいつかこういう風になるんだなあ!」
小学校二年生の長男坊が晴れ晴れとつぶやく。
「そうだな。お前が修業を続けていればいつかはこうなるかもな」隣で私が応える。
「そりゃなるでしょ! だって俺、
イップ・マンの弟子の弟子の弟子の弟子の弟子の弟子の弟子の弟子の弟子なんでしょ?」
彼はそう言ってモニターの中の素晴らしいカンフーバトルに目を輝かせている。
映画『イップ・マン 継承』は実在の武術家、葉問(イップ・マン)の活躍を描いたシリーズ三作目。演じるは国際的カンフースターのドニー・イェン。
そして長男坊の言う“こういう風”とは物語のクライマックス、ライバルとの決戦に中国武術の一派「詠春拳」を振るうイップ・マンの姿である。
そのライバルが使うのも「詠春拳」。画面では詠春拳家同士の美しい戦いが繰り広げられている。しかし。
「そんなには離れてねーよ」私は長男坊の勘違いを正す。
「え~? だってイップ・マンはブルース・リーのシーフー(師父)なんでしょ?」
YES。
イップ・マンは大勢の実力ある弟子を育てたが、その一人がブルース・リーである。1950年代、香港でのことだ。
「で、パパはブルース・リーの弟子の弟子の弟子なんでしょう?」
ん~まあYES。
私の本業ではないけれど、神様ブルース・リーの創始した「ジークンドー」を足掛け15年ほど学んでいる。
私のジークンドーの師匠は、ブルース・リーから直接教えを受けたリチャード・バステロ師父の弟子。だから私は神様ブルース・リーの、弟子の弟子の、不肖の弟子にあたる。
「てことはさあ、俺はイップ・マンの弟子の弟子の弟子の弟子の弟子じゃん」
YES。
師匠-弟子関係のファミリーツリー上はそうなる。だが。
「でもパパがお前に教えてるのって詠春拳じゃないよ」
「えそうなの?」
長男坊には私のできるアレコレを5歳の頃から教え込んできた。一日一分でもいいから切れ目なく修業すること3年。歳を考えたら相当動く身体になっている。
教えているものの中には神様ブルース・リーが創始したジークンドーのエクササイズもある。先に書いたようにブルース・リーは詠春拳を学んだ。当然ジークンドーの中にも詠春拳のエッセンスは入っている。だから長男坊は自分の修業している武術の一つが詠春拳だと思っていたのだ。私も○○拳だの××拳だの詳しく説明しなかったし。
だったら、と私は提案してみた。
「お前さ、もうちょい大きくなったら詠春拳習えばいいじゃん」
「え? 習い事が詠春拳ってこと?」
「そうだよ。で詠春拳をパパに教えてくれよ」
「・・・いいねえ!」
日本はほとんどの国の食べ物が食べられて、ほとんどの国の武術が学べるというまったくもってよい国だ。思いつきだったけどわが子が詠春拳を学ぶ? そりゃいいや!
「あれだな、パパはお前に「孫ピン拳」を教えるつもりだから、う~むこれは」
孫ピン拳も中国武術の一派。山東省に伝わる超レア拳である。
特色は腕も脚も大きく使い、跳躍技を多用し、遠くから飛び込んできて相手を倒す。
かたや詠春拳。
こちらは間合いがとても短いときに威力を発揮し、相手に張り付き攻撃を出させず、回転数の高い技で仕留めるのが特色。
どのような技術も状況によって一長一短。だから様々なシチュエーションに堪えられるよう
工夫を凝らして、道具を磨いて、カードをそろえて、そしていつでも出せるように修業するのだ。
「孫ピン拳で入って詠春拳で仕留める。そりゃすごい! お前無敵の武術家になっちゃうな!」
「だめだよパパ。俺は画家とまんが家と発明家とオリンピック選手になるんだから」
上には上がいた。
《終わり》